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山形地方裁判所 昭和56年(ワ)228号 判決 1985年3月26日

山形県天童市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

菊川明

柿崎喜世樹

福島市<以下省略>

被告

九龍物産株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

小野権友

東京都中央区<以下省略>

被告

株式会社コンチネンタルコモデイテイズ

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

肥沼太郎

主文

1  被告九龍物産株式会社は原告に対し二三〇〇万円及びこれに対する昭和五六年七月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告株式会社コンチネンタルコモデイテイズに対する主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告と被告九龍物産株式会社との間においては原告に生じた費用の二分の一を被告九龍物産株式会社の負担とし、その他を各自の負担とし、原告と被告株式会社コンチネンタルコモデイテイズとの間においては全部原告の負担とする。

4  この判決は原告が被告九龍物産株式会社に対して四五〇万円の担保を供するときは第1項に限り仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求めた裁判(主位的請求及び予備的請求)

1  原告

(一)  被告らは連帯して、原告に対し二三〇〇万円及びこれに対する被告九龍物産株式会社は昭和五六年七月一六日から、被告株式会社コンチネンタルコモデイテイズは同月一七日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行宣言

2  被告ら

(一)  原告の請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

二  当事者の主張

1  原告の請求の原因

(一)  原告は肩書住所地において農業を営む者であり、被告九龍物産株式会社(以下「被告九龍物産」という。)は、その肩書住所地に本社を有し、香港商品取引所に於ける上場商品の売買等を業とする会社であり、被告株式会社コンチネンタルコモデイテイズ(以下「被告コンチネンタル」という。)は、東京に本社を有し、鉄、非鉄金属、木材、穀物等の売買、輸出入等を業とする会社である。

(二)  (原告の行った商品取引委託の経緯)

(1) 昭和五五年一一月末頃、Aが、原告宅を訪れ、原告に対し「商品取引をしてみないか。」とすすめた。原告はこれまで、商品取引など一度もしたことがなかったので、不安ではあったが、右Aのすすめにより商品取引をしてみようと考えた。そして原告は同年一二月初め頃、被告コンチネンタル名義の香港商品取引所砂糖(原糖)と題するパンフレット及び受託者被告コンチネンタルとする取引委託契約書を受領した。こうして原告はAを介して被告コンチネンタルとの間に、香港商品取引所における砂糖につき商品取引委託契約が成立したものと考え、Aとの間に受託者被告コンチネンタル名義で次のとおり取引委託をした。

月日

数量(枚)

売・買の別

約定値段

1

昭和五五年一二月二日

三一・四〇セント

2

同     一二月五日

三二・二一セント

3

昭和五六年一月一九日

二七・三七セント

4

同      二月二日

二七・二一セント

(2) その後、昭和五六年三月六日頃、前記(1)の商品取引委託契約に関する債権債務は全て、被告九龍物産に引継がれた。そして今度は、被告九龍物産取締役のCが、原告との取引の担当として接触してきた。その頃、被告九龍物産名義の香港商品取引所砂糖と題するパンフレットを原告は受領した。ここに原告と被告九龍物産間に、香港商品取引所における砂糖についての商品取引委託契約が成立し、原告は被告九龍物産に対し次のとおり取引委託をした。

月日

数量(枚)

売・買の別

約定値段

1

昭和五六年三月九日

二二・六〇セント

2

同年   四月九日

一九・二〇セント

3

右  同

一九・二〇セント

4

右  同

一五

一八・八五セント

5

同年   四月一四日

一二

一八・五〇セント

6

同年   五月一日

一七・一〇セント

7

右  同

一七・一〇セント

(3) 右の各取引委託について、原告は被告九龍物産に対して、商品取引の委託証拠金として、昭和五六年四月六日一二〇〇万円、同月二八日一一〇〇万円を支払った。

(三)  (被告両名の共同詐欺行為)

(1) 被告コンチネンタルの被用者であるAは、昭和五五年一一月末頃原告宅において原告に対し「商品取引をしてみないか。」とすすめ、商品取引は損するか、得するかの確率二分の一の取引であるにもかかわらず、「絶対もうかるものだ。損はさせない。責任をもつから任せてくれ。」などと虚偽の説明をし、更に同年一二月初め頃原告に対し口頭又はパンフレットで被告コンチネンタルが香港商品取引所の正会員の日本における代理店でないのにそうであるとの説明をした。被告コンチネンタルの被用者であるAは原告に対し真実はそうでないのに原告の前記(二)(1)の売買取引が香港商品取引所において成立しているかの如く装った。被告コンチネンタルは原告に対し、前記(二)(1)の売買取引の全ての買付又は売付報告書の交付をしなければならないのにこれをせず、また定期的残高照合のための通知をしなければならないのにこれをせず、したがって原告が正確な損益計算をなし得ないようにした。

(2) 被告九龍物産の代表取締役であるA、同会社の取締役であるC及び同会社の被用者であるその他の従業員は共謀し、被告コンチネンタルの前記(1)の詐欺行為によって原告が欺罔されているのに乗じて、被告コンチネンタルの被用者たるAと意思相通じ、更に昭和五六年三月六日頃原告に対し口頭又はパンフレットで、真実は被告九龍物産が本社福島市、資本金五〇〇万円の小規模の会社であり、香港商品取引所の正会員の日本における代理店ではないのに、本社東京、資本金一億円の規模の会社であり、また香港商品取引所の正会員の日本における代理店である旨虚偽の説明をした。A、C及びその他の被告九龍物産の従業員は原告に対し真実はそうでないのに原告の前記(二)(2)の売買取引が香港商品取引所において成立しているかの如く装った。被告九龍物産は原告に対し、前記(二)(2)の売買取引の全ての買付又は売付報告書を交付しなければならないのにこれをせず、また定期的残高照合のための通知をしなければならないのにこれをせず、したがって原告が正確な損益計算をなし得ず、よって適切な売買取引委託ができないようにした。

(3) 原告は、被告コンチネンタルの被用者であるA並びに被告九龍物産の代表取締役A、取締役C及びその他の被用者たる従業員の共同による前記(1)及び(2)の欺罔行為によって前記(二)の各売買取引が公正妥当なものと誤信し、前記(二)のとおり前後一一回にわたり被告両名に対し商品取引委託をし、前記(二)(3)のとおり委託証拠金名下に合計二三〇〇万円を被告九龍物産に騙取され、右同額の損害を受けた。

(4) Aは前記詐欺行為を被告コンチネンタルの事業の執行及び被告九龍物産の職務の執行について行ったものであり、C及びその他の前記従業員は被告九龍物産の事業の執行について前記詐欺行為を行ったものである。

(四)  (被告九龍物産の詐欺行為)

仮りに前記(三)の被告コンチネンタル及び被告九龍物産の共同詐欺行為が認められないとすれば、

(1) Aは昭和五五年一一月末頃原告に対し、真実は自分が被告コンチネンタルを同年八月二五日をもって退職し、同会社の営業部長ではないのに同会社の営業部長であると偽り、「商品取引をしてみないか。絶対もうかるものだ。損はさせない。責任をもつから任せてくれ。」などと虚偽の説明をして被告コンチネンタルとの間で商品取引委託契約をすることを勧誘したので、原告は前記(二)(1)の商品取引委託契約を結んだが、この委託契約は原告と被告コンチネンタルとの間で行われているようにAが偽装したものであって、実際は原告と被告コンチネンタルとの間で右委託契約は成立していなかった。

(2) 被告九龍物産の代表取締役であるA、同会社の取締役であるC及び同会社の被用者であるその他の従業員は、真実は原告と被告コンチネンタルとの間に前記(二)(1)の商品取引委託契約が成立していないのに、原告が右契約の成立しているものと誤信しているのに乗じ、共謀して、昭和五六年三月六日に設立された被告九龍物産の設立準備手続中であった同月三日頃原告に対し原告と被告コンチネンタルとの間の右商品取引委託契約に基づく債権債務を被告コンチネンタルから被告九龍物産が引継ぐ旨通知し、かつ被告九龍物産との間で商品取引委託を継続するよう申入れ、同月六日頃原告に対し口頭又はパンフレットで真実は被告九龍物産が本社福島市、資本金五〇〇万円の小規模の会社であるのに、本社東京、資本金一億円の規模の会社であると虚偽の説明をした。その結果これを信じた原告は被告九龍物産との間において前記(二)(2)の商品取引委託契約を結び、前記(二)(2)のとおり商品取引委託をした。

(3) その後A及びCは前記のとおり誤信している原告に対し、前記のとおり原告と被告コンチネンタルとの間の商品取引委託契約に基づく債権、債務を被告九龍物産が引継いでいるので、被告コンチネンタルに対する委託証拠金相当額及びその後の被告九龍物産との取引委託契約に基づく委託証拠金額を合わせて被告九龍物産に商品取引の委託証拠金として支払ってくれるよう申入れ、その旨誤信した原告から前記(二)(3)のとおり委託証拠金名下に合計二三〇〇万円を騙取し、原告に対して右同額の損害を与えた。

(4) Aは被告九龍物産の職務の執行について前記詐欺行為を行ったものであり、C及びその他の前記従業員は同会社の事業の執行について前記詐欺行為を行ったものである。

(五)  (商品取引委託契約の公序良俗違反)

仮りに前記(三)及び(四)の各詐欺行為が認められないとすれば、

(1) 原告は昭和五五年一二月初め頃被告コンチネンタルとの間において香港商品取引所における砂糖につき商品取引委託契約を、昭和五六年三月六日頃被告九龍物産との間において香港商品取引所における砂糖についての商品取引委託契約をそれぞれ締結した(以下これを合わせて「本件委託契約」という。)。

(2) 原告は本件委託契約に基づいて前記(二)(3)のとおり被告九龍物産に対して委託証拠金として合計二三〇〇万円を支払った。

(3) 被告両名の本件委託契約は次のような理由により公序良俗に違反するから無効のものである。すなわち、大豆、砂糖等の商品の先物取引については国内的には商品取引所法により厳しく規制されているものであるところ、本件では香港商品取引という国外の市場ではあるが、商品取引所法中の取引の公正、市場の会員と一般顧客との関係、特に顧客保護に関する諸規定の精神は、本件委託契約における原告と被告らとの関係が国内法によって律せられる以上、当然本件委託契約の効力の有無を決するについて参酌されるべきである。そもそも、商品取引は価格の安定という国民経済に資する目的をもったものであるが、他方では投機目的にも利用され、その場合現物の裏付けがない為に不当な取引を招来し、そのことが国民経済をかえって危険にするという要素をもっているのであるから、ここにきわめて厳格な法の規制が要求されるのである。又、通常一般の取引と異って複雑な仕組の取引となるため、一般投資家の保護という観点からの規制も行われるのである。このようにして制定されたのが商品取引所法である。そして、本件委託契約に基づく商品取引では、市場(取引所)が国外にあるというだけで、商品取引所法の諸規定が適用されないということになると、結局は商品取引所法の目的とするところがが本件委託契約におけるような商品取引の横行によって破壊されることになってしまうのである。従って、少なくともそれらの諸規定の精神は適用されるべきである。もし、適用されないとすれば、社会一般の常識に甚しく違背するといわなければならない。商品取引所法における商品取引所の「会員」に対する規制や「会員」の権利義務に関する規定は、本件の被告らにもそのままあてはめて考えてよいものである。被告らは香港商品取引所の正会員の国内における代理店と称している為、「会員」自体ではないということになるけれども、一般顧客からすれば、代理店であろうが、正会員であろうが、取引自体に差はないのであるし、又、商品取引所法では会員資格や受託場所を限定し、代理店なる制度を認めていないのであって、「会員」か「会員でない」かのどちらかしかないものであるから、商品取引所法にいう会員と、被告らの代理店なるものは、実質的に同一だとみるべきだからである。本件委託契約についてみれば、被告らのような会社は、一定の資格、資産も必要でなければ、主務大臣の許可もなければ監督もない。即ち、被告らのような会社は勝手に作って、勝手な行動が可能となるのである。又、被告らの外務員は、簡単なパンフレットと契約書を交付しているだけで、主務省令で定める書面を交付することもなく、利益を約束するなど不当な勧誘行為をなしているものである。要するに、前記のような商品取引所法の諸規定の精神は殆んど守られていないものである。かかる状態において、本件委託契約をすることは、国民経済の観点、顧客保護の観点からして全く社会常識に反するものであって、公序良俗違反といわざるを得ない。尚、被告らは、かかる事情を知って本件委託契約をなしたものであるし、又、原告は商品取引については全く素人であって、被告らの行為が公序良俗違反であることを知らなかったものである。推測すると、被告らの如き会社は本件のような取引について、商品取引所法がそのまま適用されないのをよいことに、国内において主務大臣の許可を受けられず、国内市場に参加できない者達が利得を目論んでこのような取引をなしているものと思われる。

(4) 以上の次第で、本件委託契約は、公序良俗違反で無効なものであり、被告らは前記(2)の二三〇〇万円を不当に利得し、原告は同額の損失を受けた。本件の公序良俗違反の行為を被告らは共同してなしたものであり、又、被告コンチネンタルの前記商品取引委託契約に基づく債権債務を全て、被告九龍物産が承継し、右委託証拠金二三〇〇万円は、被告コンチネンタルとの取引委託の分も含むものであるので、被告らは共同して不当利得したものというべきである。

(六)  よって、原告は被告らに対し連帯して、主位的に不法行為に基づく損害賠償として前記二三〇〇万円及びこれに対する右不法行為の日の後である被告九龍物産は昭和五六年七月一六日から、被告コンチネンタルは同月一七日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、予備的に不当利得返還請求権に基づいて前記二三〇〇万円及びこれに対する本訴状送達日の翌日である被告九龍物産は昭和五六年七月一六日から、被告コンチネンタルは同月一七日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

2  請求の原因に対する被告九龍物産の答弁

(一)  請求の原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の事実は認める。

(三)  同(三)の事実のうちAが昭和五五年一一月末頃原告宅において原告に対し「商品取引をしてみないか。」とすすめたこと、Aが被告九龍物産の代表取締役であり、Cが同会社の取締役であることは認め、その他の事実は否認する。

(四)  同(四)の事実のうちAが昭和五五年一一月末頃原告に対し「商品取引をしてみないか。」とすすめたこと、Aが被告九龍物産の代表取締役であり、Cが同会社の取締役であることは認め、その他の事実は否認する。

(五)  同(五)の(1)及び(2)の各事実は認め、(3)及び(4)の各事実は否認する。

(六)  同(六)の主張は争う。

3  請求の原因に対する被告コンチネンタルの答弁

(一)  請求の原因(一)の事実のうち被告コンチネンタルが東京に本社を有し、鉄、非鉄金属、木材、穀物等の売買、輸出入等を業とする会社であることは認め、その他の事実は知らない。

(二)  同(二)の事実は知らない。

(三)  同(三)の事実は否認する。

(四)  同(四)の事実は知らない。

(五)(1)  同(五)(1)の事実のうち原告と被告コンチネンタルとの間に原告主張の商品取引委託契約が締結されたことは否認し、その他の事実は知らない。

(2) 同(五)(2)の事実は知らない。

(3) 同(五)(3)の事実は否認する。

(4) 同(五)(4)の事実は否認する。

(六)  同(六)の主張は争う。

三  証拠関係は訴訟記録中の証拠関係目録の記載を引用する。

理由

一  請求の原因(一)の事実は原告と被告九龍物産との間において争いがない。原告と被告コンチネンタルとの間においては、被告コンチネンタルが東京に本社を有し、鉄、非鉄金属、木材、穀物等の売買、輸出入等を業とする会社であることは争いがなく、この事実を除くその他の請求の原因(一)の事実は、被告九龍物産代表者尋問の結果によって成立の認められる甲第二、第一六号証、原告本人及び被告九龍物産代表者の各尋問の結果によって成立の認められる同第二七号証、弁論の全趣旨によって成立の認められる同第四号証、並びに原告本人及び被告九龍物産代表者の各尋問の結果によって認めることができる。

二  請求の原因(二)の事実は、原告と被告九龍物産との間において争いがなく、原告と被告コンチネンタルとの間においては、前顕甲第二、第四、第一六、第二七号証、成立について争いのない第一五号証、原告本人尋問の結果によって成立の認められる同第三、第六ないし第一四、第一九ないし第二六号証、原告本人及び被告九龍物産代表者の各尋問の結果によって成立の認められる同第一、第五(被告コンチネンタル及びその東北支社作成部分を除く。)、第三一号証、弁論の全趣旨によって作成の認められる同第二八、第二九号証、被告九龍物産代表者尋問の結果によって株式会社コンチネンタルフクシマ作成のものであると認められる同第一七、第一八、第三〇号証、証人Dの証言、原告本人及び被告九龍物産代表者の各尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、右事実が認められ、この認定を妨げる証拠はない。

三  請求の原因(三)の被告両名の共同詐欺行為の存否について検討する。

1  原告と被告九龍物産との間において成立に争いがなく、原告と被告コンチネンタルとの間においては前記二判示のとおり成立を認めうる甲第一、第二号証、証人Dの証言並びに原告本人及び被告九龍物産代表者の各尋問の結果を総合すれば、Aは昭和五五年四月四日被告コンチネンタル東北支社に雇用され、同支社の営業部長の地位にあったものであるが、同年八月二五日被告コンチネンタル東北支社を退職して、その後被告コンチネンタルとの雇用関係は全くなくなったこと、Aは同年九月頃から福島市本町のaビル内に事務所を設け、株式会社コンチネンタルフクシマの名称を用いて日本国外における商品取引の受託業を営むようになったが、右退職後も第三者に対して自分が被告コンチネンタル東北支社営業部長であると称していたことがあること、しかしながら、Aは被告コンチネンタルを右退職した後においては被告コンチネンタルに使用されてその事業を執行するような関係は全くなかったことが認められ、この認定を妨げる証拠はない。

2  そうだとすれば、Aが請求の原因(三)(1)記載のとおりの行為をし、その行為が原告主張のとおり詐欺行為に該るとしても、Aの右詐欺による不法行為について被告コンチネンタルが民法第七一五条所定の使用者としての責任を負うものということはできない。そして被告コンチネンタルが請求の原因(三)(1)において原告の主張する詐欺行為をしたことを認めるに足りる証拠はない。

3  したがって被告コンチネンタルに詐欺による不法行為責任があるとすることができないから、その責任があることを前提として、被告コンチネンタル及び被告九龍物産の共同の詐欺行為をいう請求の原因(三)の主張はその他の事実の有無について判断するまでもなく理由がない。

四  請求の原因(四)の被告九龍物産の詐欺行為の存否について検討する。

1  Aが昭和五五年一一月末頃原告に対し「商品取引をしてみないか。」とすすめたこと、Aが被告九龍物産の代表取締役であり、Cが同会社の取締役であることは当事者間に争いがない。

2  成立について争いのない甲第一ないし第四、第五(被告コンチネンタル及びその東北支社作成部分を除く。)、第六ないし第一六、第一九ないし第二九、第三一号証、被告九龍物産代表者尋問の結果(後記信用しない部分を除く。)によって株式会社コンチネンタルフクシマ作成のものであると認められる同第一七、第一八、第三〇号証、証人Dの証言並びに原告本人及び被告九龍物産代表者(後記信用しない部分を除く。)の各尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められ、この認定に反する被告九龍物産代表者の供述は前記各証拠に照らして信用することができず、他に右認定を妨げる証拠はない。

(一)  Aは昭和五五年四月四日から被告コンチネンタル東北支社に雇用されて同支社の営業部長の地位にあったが、同年八月二五日同支社を退職し、被告コンチネンタルとはその業務上の関係が全くなくなったものであるが、昭和五五年一一月末頃原告方を訪れ、自分が被告コンチネンタルの東北支社営業部長であるかのように装って、原告に対し被告コンチネンタル東北支社との香港商品取引所上場商品の取引を勧誘し、前記二判示のとおり同年一二月初め頃原告に対し被告コンチネンタル作成名義の香港商品取引所砂糖(原糖)と題するパンフレット及び受託者を被告コンチネンタルとする取引委託契約書を交付した。そこで原告はAが被告コンチネンタル東北支社営業部長であって被告コンチネンタルを代理する権限を有するものであると信じて、Aとの間で前記二の香港商品取引所における砂糖についての商品取引委託契約を結び、その後受託者が被告コンチネンタルであると信じてAとの間において前記二のとおり昭和五五年一二月二日から昭和五六年二月二日までの間に四回にわたり商品取引の委託をした。

(二)  A及びCは共謀のうえ、被告九龍物産の設立準備手続中であった昭和五六年三月三日頃、真実は原告と被告コンチネンタルとの間に前記(一)の商品取引委託契約が成立していないのに、原告が右契約の成立しているものと誤信しているのに乗じ、右商品取引委託契約に基づく債権債務を被告コンチネンタルから被告九龍物産が引継ぐ旨の虚偽の事項、また新しく設立される被告九龍物産の払込資本金は五〇〇万円であるのにこれが一億円であると理解されるような事項、今後被告九龍物産との間で香港商品取引所における商品取引委託を継続するよう求める旨の事項が記載された被告九龍物産名義の挨拶状並びに被告九龍物産が本社を東京におく資本金一億円の会社である旨虚偽の事実の記載された香港商品取引所砂糖と題するパンフレットを送付した。被告九龍物産は同月六日に設立され、同時にAがその代表取締役に、Cはその取締役に就任した。その頃、A及びCは共謀のうえ前記挨拶状に記載された趣旨のとおり誤信している原告に対し、被告九龍物産に商品取引委託をするように勧めた結果、原告は前記二のとおり被告九龍物産との間において香港商品取引所における砂糖についての商品取引委託契約を結び前記二のとおり同月九日から同年五月一日まで七回にわたり被告九龍物産に対して商品取引の委託をした。

(三)  その後A及びCは共謀して、前記のとおり誤信している原告に対し、前記のとおり原告と被告コンチネンタルとの商品取引委託契約に基づく債権債務を被告九龍物産が引継いでいるので、被告コンチネンタルに対する委託証拠金相当額及びその後の九龍物産との間の取引委託契約に基づく委託証拠金額を合わせて被告九龍物産に支払ってくれるよう申入れ、これを信じた原告から前記二のとおり委託証拠金名下に合計二三〇〇万円を騙取し、原告に対して右同額の損害を与えた。

3  前記1及び2並びに二確定事実を総合すれば、A及びCは共謀して原告から委託証拠金名下に合計二三〇〇万円を騙取したものと認められ、これは右A及びCの原告に対する共同の不法行為というべく、その結果原告は二三〇〇万円の損害を受けたものというべきである。

4  前記1及び2並びに一及び二確定事実によれば、Aは被告九龍物産の代表取締役であってその職務の執行について前記3の不法行為により原告に前記損害を与えたこと、Cは被告九龍物産の使用人兼務の取締役であってその事業の執行について前記3の不法行為により原告に前記損害を与えたものと認められる。したがって、被告九龍物産は、その代表取締役であるA及び被用者としての地位を兼有する取締役のCがした前記各不法行為による原告の損害二三〇〇万円を賠償する義務があるものというべきである。

五  原告の被告コンチネンタルに対する請求の原因(五)の商品取引委託契約の公序良俗違反の主張について検討する。

1  前記二及び三1確定事実によれば、原告が昭和五五年一二月初め頃被告コンチネンタルとの間において香港商品取引所における砂糖について商品取引委託契約を締結したものと考えたことは認められるが、実際に原告と被告コンチネンタルとの間において右契約が締結されたものということができない。そして本件全証拠によっても右契約の締結の事実及び被告コンチネンタルが原告主張の二三〇〇万円を不当に利得したことを認めることができない。

2  したがって、その他の点について判断するまでもなく、被告コンチネンタルの不当利得をいう原告の請求の原因(五)の主張は理由がない。

六  以上判示したところによれば、被告九龍物産に対し前記不法行為に基づく損害賠償として前記二三〇〇万円及びこれに対する右不法行為の日の後である昭和五六年七月一六日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の主位的請求は理由があるから認容し、原告が被告コンチネンタルに対して不法行為に基づく損害賠償を求める主位的請求及び不当利得の返還を求める予備的請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 下澤悦夫)

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